プロフィール
愛媛を世界からの視点で見る。
私の原点は世界でした。
川本 健太
愛媛県議会議員(松山市・上浮穴郡選挙区)
自由民主党所属
- 出身・生年月日
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愛媛県松山市出身 1981年6月4日生
- 家族構成
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妻(宇和島市津島町出身)、長男(2022年6月生)と3人家族
- 性格
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実は人見知りで、引っ込み思案。ただし、知的好奇心は旺盛。
- 一番の楽しみ
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子どもと戯れ、成長を感じること。
- 特技
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少林寺拳法2段、バイク整備(3級二輪自動車整備士国家資格あり)
- 好きな言葉
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- 人事を尽くして天命を待つ
- 優しい笑顔は思いやりの世界共通言語(ウィリアム・アーサー・ワード)
- 好きなもの好きなこと
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- 旅行(海外は50ヶ国以上、国内は全ての都道府県に行きました)
- ツーリング(バイクが好きで、旅行が好きならこうなります)
- おいしい食事とおいしいお酒(調理師の父が影響しているのかも)
- 音楽(人生のベスト・ライブは、サマーソニックで見たMetallica)
- アウトドア全般(妻はなかなかの虫嫌いですが、家族でキャンプしたい)
- トレッキング(自己最高峰はMt.キリマンジャロの5,895ⅿ)
- 略歴
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- 平成6年3月
- 松山市立浮穴小学校 卒業
- 平成9年3月
- 松山市立南第二中学校 卒業
- 平成12年3月
- 私立新田高等学校普通科 卒業
- 令和2年3月
- 愛媛大学法文学部総合政策学科 卒業
※愛媛大学には、社会人学生として入学。
休学を含めて5年かかりましたが、無事卒業しました。
- 平成26年4月
- 松山市議会議員選挙 初当選
- 平成29年10月
- 愛媛県議会議員(松山市・上浮穴郡区)補欠選挙 初当選
- 平成31年4月
- 愛媛県議会議員(松山市・上浮穴郡区)選挙 二期目当選
川本 健太の歩み
幼少期
- 愛媛県松山市出身。飲食業を営む両親の第一子として生まれる。
なお、父は私が9歳になる年の春、松山市議会議員選挙に初挑戦し、当選を果たす。 - 祖父母、両親、妹弟3人の三世代8人家族。
- 性格は引っ込み思案で、仲良くなるまではなかなか前に出られない性格。
- 夏越し祭りで恒例のこども相撲大会で、勝者に与えられる孟宗竹に御幣紙を付けたボンデン(いわばトロフィー)がやたら嬉しかった記憶がある。
学生時代
- 高校時代はバンドに夢中で、週末はライブハウスに入り浸る。
- ブルーハーツやHi-STANDARDが青春ど真ん中。
- 多感な思春期真っ只中は、いい生徒ではなかったと思う(苦笑)が当時の仲間が今も活動を支えてくれており、人には恵まれていると思う。
- 父との約束で、二段を取るまでは辞めないと誓った少林寺拳法。高校卒業とほぼ同時期に昇段試験に合格した。
東京社会人時代
- バイト仲間から海外旅行を勧められる。当時は東京~松山を飛行機で往復するより、タイに旅行したほうが安いと言われ、その気になる。結果、もらったバックパックを背負いガイドブックと現金5万円を握りしめ、2週間のタイ旅行に出発。これが人生初海外で、ひとり旅。この旅で海外旅行にハマり、後の世界一周ひとり旅へと続くこととなる。
- 東京で過ごした7年間のうちの5年間は、外国製オートバイの輸入・販売等を行う会社に勤務する。初めて作ってもらった名刺を手にし、社会の一員として認められたような気がして、とても嬉しかった覚えがある。
- 給料は決して良いとは言えなかったが、周りの友人も等しくお金は無かったため気にはならなかったし、十分楽しかった。あるのは若さと勢いだけ。
- 師匠と慕った上司が急逝するなど、たて続けに身近な人が亡くなった時期があり、命の儚さを知る。
海外放浪時代
26歳で旅立った世界一周のひとり旅。
期待と不安が入り混じる、ちょっとした興奮状態で突入した世界一周の旅は、私の価値観と人生に、大きな影響を与えた。
外の世界を知ることは、中の世界を知ること。
世界を知り、改めて日本の良さ、ふるさと愛媛・松山の素晴らしさを実感する。
松山社会人時代
- 28歳の年に帰国し、ふるさと松山に戻ってくる。
- 地元企業に就職し、主に建設関係の部署で働く。住宅機器の営業となり、大手ゼネコンから地元工務店まで担当する。戸建住宅からマンション、工場、病院と大小様々な現場を担当するが、一番思い出深いのは愛媛県立中央病院の建て替え工事。四国でもトップクラスの規模を誇る現場は大変だった分、やり遂げた時の充実感は大きかった。
- 慣れない業種、慣れない職種に苦労も多かったが、この頃の苦労があったからこそ、今の自分があると思える。
松山市議会議員時代
- 32歳で初挑戦し、当選を果たす。
- 所属した産業経済委員会では、観光や国際交流も担当事務としており、海外での経験や知識が活かせたのではないかと思う。
- 同期が中心となり立ち上げた、がん対策推進条例策定に向けたPT。PTの一員としてがん対策について学ぶ中で、AYA世代と呼ばれる若年層への支援強化の重要性を感じる。同時に、支援策については松山市単独ではなく、広域連携で進めるべきであると感じ、後の県議会への挑戦に繋がった取り組みでもあった。
そして、愛媛県議会議員へ
- 平成29年10月の補欠選挙を勝ち抜き、松山市・上浮穴郡区選出の愛媛県議会議員として鋭意活動中。
- 県議一年目の平成30年7月に西日本豪雨災害が発生する。居ても立っても居られず、仲間とともに支援物資を運んだり、ボランティアに参加したり、復興支援に取り組む中で広域自治体である県の役割や重要性を実感する。災害は広域で発生し、市町の境界など関係なく襲ってくる。南海トラフ巨大地震の発生が危惧される愛媛県において、県民の生命と財産を守る防災・減災対策は待ったなしの課題であると認識する。
- 令和2年3月に社会人学生として通った愛媛大学を卒業する。ゼミでは里親制度、とりわけ特別養子縁組について研究し、県議会の一般質問でも県政への提言として取り上げた。
里親制度や特別養子縁組の普及・啓発はもとより、子育て世代のひとりとして、子どもを産み育てやすい環境づくりに取り組む。
愛媛県議会 一般質問アーカイブ
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